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悩むたび戻れる場所を作る〈特別編・文章を磨く日々のレッスン②〉 - 朝日新聞デジタル

 第1回「今日からすぐとり入れられる五つの技術」では、即とり入れられる具体的な文章上達法をご紹介した。文章研究の専門家でもない私の理論や思考法より、実践的なアイデアのほうがお役に立つだろうと思ったからだ。

 今回は、私自身が日々心がけている文章のための小さな訓練法を。いや訓練・レッスンなどと言うほど大したことでもないのだが。自分の中では肥やしになっているという実感があるのでちょこっとおすそ分けしたい。
 書く時のマインドの部分については次回に譲る。

悩むたび戻れる場所を作る〈特別編・文章を磨く日々のレッスン②〉
本は気になった表現に印をつけながら読む。付箋(ふせん)や蛍光ペンは外出時に携帯

五感表現にこだわる。歌詞には学びがいっぱい

 文章は色・音・香り・味・触感についての具体的な表現をひとつでも入れると、とたんにいきいきしだす。そこで参考になるのが「歌詞」である。
 ワインレッド(安全地帯)、チックタックと(YOASOBI)、埃(ほこり)まみれドーナツ盤(あいみょん)、ドルチェ&ガッバーナの香水(瑛人)、時間てこんな冷たかったかな(藤井風)……。
 五感を刺激する言葉は、情景を想像する強力な手助けになり、物語を深め興味を引きつける効果がある。
 前回、文章はわかりやすいことが大事だと書いた。そのためにはまず――文章を学んでいる段階においては――短く無駄がないほうが親切である、と。歌詞は、研ぎ澄まされた究極に少ない文字数で、ときに一本の映画ほどの濃厚な物語を描き出している。
 
 自分のボキャブラリーの少なさに始終うなだれている私は、何げなく流れてくる音楽から、無意識のうちに脳内で歌詞を追いかけていることが多い。ちなみに十代の頃から今まで、毎回唸(うな)らされ続けている永遠の天才は松任谷由実さんだ。優れた楽曲の歌詞には表現のヒントが詰まっている。

大好きな作家を全読する効果


 新刊が出たら必ず買うという作家でも、没した尊敬する作家でもいい。だれかひとり心酔する作家の全作を読むことは、必ず力になる。太宰好きの又吉直樹さんの作品を読んで、この持論に確信を持った。大大大好きな作家を持っている人は強い。
 ちなみに大を三回も繰り返したのは、「大好き」くらいでは全作読まないだろうと思うからだ。

 以前、村上春樹さんの本が好きすぎて解説本を出版した女性に会った。これが最初で最後の私の本ですとはにかみながら彼女は言った。書いているとき、また本ができあがったとき、どれほど満たされていたことだろうと想像したら、こちらまで嬉(うれ)しくなるようであった。それくらい好きな作家がいるというのは、とても幸福なことだ。きっと彼女の血や細胞の中には村上さんのエッセンスが染み込んでいることだろう。文章を学ぶには、読むことしかない。

悩むたび戻れる場所を作る〈特別編・文章を磨く日々のレッスン②〉
開高健の著作は、記念館オープンに際し企画された本(写真右端)の編集を手伝ったことがきっかけで読み始めた。左3作は執筆に行き詰まると手に取る作品の一部

 私も新刊が出たら必ず読む作家は何人かいるが、全作読んだのは開高健しかいない。故人なので全作には限りがある。だからものぐさな私でも読める。また開高健は小説、随筆、紀行、ルポルタージュ、インタビュー集とジャンルが広い。そのどれもが素晴らしいクオリティーなので飽きない。食、旅、釣り、そして戦争。テーマも広く、何度読んでも多くの作品の表現が古びていない。
 私のあさはかな入れ知恵をお伝えさせてもらうと、全作トライするなら故人の作家がベターだ。今活躍中で多作な作家は追いかけきれないためである。そして可能なら、開高健のようにさまざまな書き方を多様な媒体に発表している人が望ましい。「感動」を千も二千も違う書き方で読者を魅了するような作家が。

 悩んだらその作家のどれかを読めば、少し元気になれる。自己嫌悪のほころびをチクチクと縫い直せる。そういう存在がいる人といない人とではきっと、書く文章が違うだろう。
 書き続けてしばらくすると再びほころびたり、折れかけたりする。そんなとき戻れる自分だけの聖地を作っておこう。

悩むたび戻れる場所を作る〈特別編・文章を磨く日々のレッスン②〉
長田弘は好きな詩人のひとり

 お薦めの作家を連ねる行為に意味はないかもしれないが、たとえば生活のことについてエッセイ的なものを綴(つづ)りたい、けれどとくに好きな作家が思いつかないという向きには、とっかかりとして次の方々はどうだろう。森茉莉、向田邦子、宇野千代、幸田文。作品数に限りがあるので全作読破が可能です。


特別編最終回は、大平さんがこれまでどう書いてきたか。書く日々のなかで気づいた学び、心得の核について。インタビュースタイルでお送りします。

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