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元気力 ろくろで作る 粋な一本:朝日新聞デジタル - 朝日新聞デジタル

万年筆職人 山本竜さん

 古代ローマ皇帝のハドリアヌスは、庶民とともに公衆浴場に入っていた。ある男が自分の背中を壁にこすりつけて動かしていたのをみて、「君はなぜそんなことをしているのかね?」と言ったところ、「かゆくてしかたないのです」と。そこで、その男に召使をつけてやり、身の回りの世話をさせた。その話が広まったのか、ハドリアヌスが再び浴場に来ると、多くの庶民が皆、壁に背中をこすりつけはじめたという笑い話が残っているそうだ。

 真実かどうかは別として、その時代からユーモアがあったことに驚かされる。文化が成熟すると、心にゆとりができて、遊び心が生まれる。

 江戸時代の「粋(いき)」も文化の成熟から生まれたものではないだろうか。「粋」の語源を調べてみると、意気込み、心意気など、精神的な本気や純粋さを表す美意識の理念であると書いてあった。自慢したり、見えを張ったりせず、控えめで謙虚さがあり、見えない所で自分だけの贅沢(ぜいたく)をすること。洒落(しゃれ)が利いた様や、さりげない色気だとも。

 「おたくの万年筆は地味だね」と言われることがある。確かにそう思う。欧米の万年筆は軸色がカラフルで、中には宝石をふんだんに埋め込んだもの、国産他社の万年筆は高蒔絵(たかまきえ)など、言葉を失うほど美しいものにあふれている。それに対し、私の作る万年筆は黒や茶の木で作ったシンプルなものが主流だ。

 欧米生まれの万年筆を日本でも作り始めたころ、欧米では旋盤で作っていたのに対し、日本では木地師がろくろを使って作ることができるのではないかということになり、日本独自の製法となった。しかし、大量生産の時代になると、ろくろなんて使われることがなくなったが、当方では万年筆をあつらえで、古いろくろで作ろうということになった。

 長年やってきて、ろくろを使った手仕事ならではの素材はやはり、木地師が原点なだけに銘木がいいと気が付いた。地味ではあるが、これほどぬくもりがあり、手になじみ、時とともに味わいが増すものは無いのだと。

 熱心な顧客に、「次はどんなものを提案してくれるの?」と聞かれるとうれしい半面、プレッシャーも大きい。長持ちして、手になじみ、実用的なものでありながら、さりげない色気もあるもの。そんな、次の一手は何か。真面目なだけではつまらないが、のぼせが過ぎてはならない。

 なんて、粋がってみる。

やまもと・りょう

1974年生まれ。2008年から鳥取市にある有限会社万年筆博士の代表取締役。顧客の書き癖に合わせたカスタムメイド万年筆を製作している。納品まで約1年かかるが、世界中から愛好家の注文が集まる。

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